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棟梁の経歴            


父が大阪で独立し創業をはじめてから、約40年になりますが、人の良さと頑固さが仕事に反映し、
お蔭様で今までクレームもなく、紹介をして頂きながら徐々にご近所のお客様が増えました。
窓ガラスが割れた、壁の穴の補修、扉の建付けが悪い等、小さなことでもお手伝いに参じております。

私はそんな親元で大工をしておりましたがその後、知り合いの棟梁の下で修行したり、ハウスメーカーで2×4に携わりました。

しかし自分は、昔ながらの土壁や日本瓦の田舎普請(古来の日本家屋)や、数寄屋建築に興味があり、
大工の基本を極めたかった為、岐阜へ赴きました。
(岐阜は飛騨の匠として大工職人内では有名な土地で、昔京都の仏閣、寺院を手掛けた職人は岐阜から呼び寄せたと言われています。)

                                           

24歳から単身岐阜へとび、職安や地元の人々に紹介を受け、様々な親方の下で修行しました。
養老では、入母屋や田舎普請の新築最中で、しゃちびき、しゃちぜん、ひきぜん、こみせんなど古来の大工手法を教わりました。
又、地棟や丸太加工を電気道具は一切使わずヨキ(まさかり)チョンナなどの道具を使い、大工の基礎を叩き込まれました。
揖斐では数奇屋や神社仏閣に携わりました。

岐阜で知り合った多くの親方や兄弟子から、私は多くの技術とノウハウを得ることが出来ました。
宮大工を父に持つ尊敬する親方から、
仕事の先読みや、能率、施行の綺麗さ(全段階を化粧と思え)と常に叩き込まれました。
限りある僅かな修行期間でしたが、大変有意義な7年間を過ごしました。

修行中、一軒のきざみ作業に半年費やしました。

古来の手法(しゃちぜん、ひきぜん等)で行った
H3年ころ新築された延べ床面積250坪の
大変ぜいたくな豪邸です。
合板等は一切使わず全てムク材を吟味していました。
岐阜のお寺の本堂の修復作業の手伝い。
シロアリで柱が腐食していたため柱の取替え作業に伴い、
主に床の貼り替え作業をしています。

阪神大震災の後だったため、
それによる被害はなかったものの備えとして
他の部位もあえて補強しました。
当時、親方に撮ってもらった写真です。
私の横の大黒柱は
ものすごい大きさで2尺角(一辺60.6cm)あります
普通、立派な邸宅でも1尺(30.3cm)です。

大阪の一般的な木造建築では4寸から5寸(12〜15cm)

しかし大阪市内では坪数が狭いためもあり大黒柱と
呼べる柱がないところが多いです。


30代で家業を継ぐために大阪へ戻りました。

都会は、建築法規も厳しく、大阪は新築 建て替えより リフォームが増えています。

皆様の予算、生活スタイルをもとにお客様の満足のいくお仕事をさせていただきます。